大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)6949号 判決 1979年9月27日
原告 山本幸吉
右訴訟代理人弁護士 河上泰廣
同 矢島正孝
被告 木下勝弘こと 朴勝弘
右訴訟代理人弁護士 有田義政
主文
一 昭和五二年四月七日午前四時一五分頃、東大阪市荒本北一一二番地先路上で発生した交通事故に基き、原告が被告に対して負担する損害賠償債務(ただし、休業損害、慰藉料、入院雑費の合計額)は、金二〇〇万円を超えないことを確認する。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
主文と同旨の判決。
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
1 昭和五二年四月七日午前四時一五分頃、東大阪市荒本北一一二番地先路上で、原告の運転する普通乗用自動車(泉五五ま七四五八号、原告保有車)が被告の運転する普通乗用自動車(大阪五七す五五三七号)に追突し、被告が受傷した。
2 被告は、右受傷が原因で事故日から同年八月末日まで入院治療したが、その症状からすると、右期間の全部について必ずしも入院治療の必要性があったとは思われない。すなわち、被告は、生野優生病院における入院の初期から退院時まで、土曜から日曜にかけて外泊していたほか、その他の日でも午後は毎日外出していたのである。少くとも、被告の症状は、退院時において既に固定したと判断される。しかも被告は、入院中ずっと午後は、仕事に従事しており、午前中もたびたび外部に電話をして仕事の指示なり、接渉をしていたくらいであるから、入院期間イコール休業期間とは考えられない。従って、本件事故により被告の蒙った損害のうち、休業損害、入通院慰藉料、入院雑費の合計額(治療費は含まない)は金三〇〇万円を上廻らないことが明らかである(なお、被告に、障害等級に該当するような後遺症は残らないと思料するが、仮に、後遺症が発生しても、これにともなう損害は含まない金額である。)そして、原告は右損害金の内金として昭和五三年一二月九日金一〇〇万円を被告に支払ったので、その残額は金二〇〇万円を上廻るものではない。
3 しかるに、被告はこれを争い、金二〇〇万円を超える損害賠償義務が原告にあると主張するので、原告は、原被告間において金二〇〇万円を上廻る本件事故に基く損害賠償債務の存在しないことの確認を求める。
二 請求原因に対する被告の認否
1 第1項の事実は認める。
2 第2項の事実中、被告が本件事故による受傷が原因で原告主張の期間入院治療したことは認めるが、その余の事実は否認する。
3 第3項の事実中、被告が、本件事故に基く原告の損害賠償義務は二〇〇万円を超えるものであると主張していることは認めるが、その余は争う。
三 被告の主張
1 被告は、本件事故により、外傷性頸部症候群、頭部外傷、腰部打撲の傷害を受け、昭和五二年四月七日から同月一五日まで東長原病院に、翌一六日から同年八月末日まで生野優生病院にそれぞれ入院して治療を受けた(入院日数一四七日、約五か月)。その後、生野優生病院、菊池鍼療所、池田鍼灸療院に通院し、現在も通院治療を継続中である。しかも、後遺症発生の虞れもあり、被告の損害額はいまだ確定していない。
2 休業損害について
被告は、「マルセ商事」の屋号で金融業を営んでいるものであるが、その営業規模、型態は、約九〇平方メートルの事務所を賃借し、従業員四ないし六名、営業用乗用車五台を擁し、主に中小企業またはその経営者を顧客として比較的大口の営業資金等の融資をなすもので、平均貸出残高は七、〇〇〇万円、月額営業収益は三五〇万円を下らないものであった。そして、右営業はその全てを被告自身が采配し、その従業員は、被告の指示により顧客の信用調査、資産調査あるいは貸付、回収等の事務処理に当っていたにすぎず、営業に関する決定、例えば新規顧客に対する貸出しの適否、あるいは貸付継続中の顧客に対する追加融資の許否等はすべて被告の判断と指示に基いてなされていたのである。ところが、本件事故により被告が約五か月間入院し、この間経験の浅い従業員に営業を任せるほかなかったため、新規貸出額が減少したのはもちろん、多額の回収不能債権が発生して、被告は莫大な損害を蒙るに至った。もちろん、これらの損害すべてが、本件事故と因果関係のある損害とは即断できないが、前記のごとき営業型態からすると、被告がその業務に従事することができなかったために生じた逸失利益は、少くとも月額七〇万円(営業収益の二〇パーセント)は下らない。従って、本件事故により被告の蒙った損害は、入院期間中(五か月間)の休業損害だけでも金三五〇万円を下らず、これに慰藉料を加算するまでもなく、原告が主張する金三〇〇万円を上廻ることは明らかである。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因第1項の事実は当事者間に争いがない。
二 本件事故により被告の蒙った損害につき原告に賠償責任のあることは、原告の自認するところであるから、以下被告の損害額について検討する。
1 休業損害 一二五万円
《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告は、本件事故により、外傷性頸部症候群、頭部外傷、腰部打撲の傷害を受け、昭和五二年四月七日から同月一五日まで東長原病院に、翌一六日から同年八月末日まで生野優生病院にそれぞれ入院して治療を受けたこと、その後生野優生病院(昭和五二年九月一日から翌五三年五月二三日までに五二日間)、菊池鍼療所(昭和五二年九月二二日から翌五三年五月二九日までに三九日間)、池田鍼灸療院(昭和五二年九月一日から昭和五三年六月八日までに一七日間)にそれぞれ通院し、現在も通院治療を継続中であること、
(二) 被告は、東長原病院に搬入された当初、頸部痛、腰部痛、嘔吐を訴え、頸椎全体に圧痛が認められ、同病院において頸椎の持続牽引の治療を受けたこと、生野傷生病院に転院後、薬物療法、物理療法、ハリ治療を受けたことにより、頭部痛、頸部及び腰部症状、左半身のしびれ感等の愁訴は徐々に軽減し、頸部運動障害もかなり軽減をみせたが、昭和五三年五月二三日の診断時点では、なお頭痛、左側頸部圧痛、頸部特に第七頸椎、第一、第二胸椎の圧痛が緩解せず、右頸側部中央の圧痛も認められ、頸部運動障害として、前後屈軽度制限、右回旋制限、右側屈制限を残しており、集中力の低下を強く訴えていたこと、
(三) 被告は、昭和四九年頃から金融業を営み、当初は共同出資、共同経営であったが、昭和五二年四月栄芳ビルに事務所を移してから独立し、当時従業員は五名、営業用乗用車五台を有していたこと、貸出金利は月八分四厘ないし八分九厘(利息制限法所定の制限利率をはるかに超える金利ではあるが、出資の受入預り金及び金利等の取締等に関する法律第五条の金利は超えない。)で、貸金の返済期は一か月後(貸付の継続を希望する客には一か月毎に更新する。)であったこと、昭和五二年一月ないし九月における毎月の貸出金残、金利収益、顧客数は別表記載のとおりであったこと、被告個人の事故前の一か月の営業収入(前記の金利収益から諸経費を差引いた実収入)は約一〇〇万円であったこと、なお、被告は、退院後職場に復帰して仕事に従事しているが、入院中も病院から事務所に電話して従業員らに仕事の指示を与えたり、ときたは病院から外出して仕事をしたこともあったこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定の事実に基き、被告が本件事故により蒙った休業損害について検討するに、まず、被告は、入院期間中全く仕事に関与できなかったわけではないけれども、前記のような受傷の程度、治療経過からすると、やはりその入院期間中は営業活動を阻害され、その約五か月間は休業期間と認めるのが相当である。しかしながら、金融業という業務の特質(すなわち、新規の貸付がなくても、一か月毎に貸付を更新することによって毎月金利収益を挙げることができることからいっても、また、被告の入院中、従業員らによってその営業を継続することができたという事情からしても、右の休業期間中被告が全く収入を失ったものでないことも明らかであり、現に被告は、事故後も引続き金利収益を挙げていたことは前記認定のとおりである。そこで、被告の休業による減収分をどの程度みたらよいかについて考えるに、(そもそも、被告は昭和五二年三月までは共同経営であったが、事故直前に独立営業を開始したばかりであったことからすると単純に比較はできないが)、一応事故の前と後で、金利収益ないし顧客数の相異を比較してみると、事故前三か月(一月ないし三月)の金利収益の一か月平均は五八六万円であるが、事故後六か月(四月ないし九月)のそれは四四四万円であってほぼ二五パーセント減であること、顧客数でみると、事故前は一か月平均二六・三名であるが、事故後は一八・八名で、約三〇パーセント減であることが前記認定の事実により認められる。以上のような事実を彼此斟酌すると、結局被告は、本件事故により入院期間中の五か月間にわたり、一か月二五万円(すなわち、事故前の一か月当り実収入の二五パーセントに相当する金額)の割合たよる休業損害(計一二五万円)を蒙ったものと認めるのが相当である。
なお、被告は、入院中多額の回収不能債権が発生して莫大な損害を蒙った旨主張し、《証拠省略》によると、被告の入院中、五月と七月に各二件、八月に三件、被告の所持する手形が不渡りになるという事故が発生し、多額の債権が回収不能になったことが認められる。しかしながら、一方《証拠省略》によると、これらの手形は、いずれも被告が入院する以前から取引を継続していた顧客から受取ったものであり、また、そもそも被告は、融資先の信用調査などそれほど慎重に行っていなかったことなどの事実が認められ、さらに、前記認定のとおり、入院中も被告は全く仕事に関与できなかったわけでないことなどの事実に照らすと、被告本人尋問の結果中、右の債権回収不能は、被告が入院中で被告の規制がきかなかったために生じたものである旨の供述部分はにわかに措信できず、ほかに本件事故と右債権回収不能による損害との因果関係を認めるに足りる証拠はない。
2 慰藉料 一五〇万円
本件事故の態様、被告の受傷の部位、程度、入通院期間その他諸般の事情を考慮すると、本件事故により被告の蒙った精神的苦痛に対する慰藉料は金一五〇万円が相当と認められる。
3 入院雑費 一〇万二、九〇〇円
経験則上、被告は入院一日あたり七〇〇円の雑費を要したと認められるので、その一四七日分は金一〇万二、九〇〇円となる。
4 損害の填補
以上1ないし3の合計額は金二八五万二、九〇〇円となるが、被告は右損害金のうち金一〇〇万を自賠責保険から受領していることが《証拠省略》により認められるので、その残額は金一八五万二、九〇〇円となる。
三 以上のとおり、本件口頭弁論終結時(昭和五四年七月二七日)現在における、原告の被告に対する本件事故に基く損害賠償債務(ただし、休業損害、慰藉料、入院雑費の合計額)は、金一八五万二、九〇〇円であると認められるが、被告が、右損害賠償債務は金二〇〇万円を上廻るものであると主張していることは当事者間に争いがない。
四 よって、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担たつき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小圷眞史)
<以下省略>